ハイスぺ高収入の勤め人は現代の奴隷

サラリーマンじゃ金持ちや自由人にはなれない。

1年以上昔に書いた物を久しぶりに読み返したのだけど、全くと言っていいほど考えは変わってない。

こういう流儀を持って、そのとおりの実践を積み重ねていって、それで勤め人卒業できた。

まー、ブラブラニートとは言っても、今80万の戸建てを修繕してる事もあって、今日などは23時帰宅、それからVoicyを3本収録、ブログは過去記事を1本掘り起こして眠さの限界に達した(←今ここ)。

ニートも楽じゃないよ。明日はちゃんと新記事書きます。マジで。

 

—以下旧ブログ記事—

今より少しぐらいの裕福な暮らしが出来たらいいなあとか、
給料が月にあと5万上がればもう少し楽になるのになあとか、
年収800万になれば豊かになれる、いや、1000万円貰えば俺も勝ち組だとか、
マネージャーになれれば、部長になれば、支店長になれば、もっと良い暮らしが出来るとか、

って考えてる人居ると思うんだけど、

残念なことに、それ全部間違い。

 

なぜか。

勤め人だから。

 

まず覚えていて欲しいのは、この国家は、勤め人を豊かにさせるつもりなど毛頭無いという事。
むしろ政府は勤め人から思い切り搾り取ってやろうといつも鼻息荒く国民の財布を狙っているし、実際、現代日本の勤め人は江戸時代の農民のほうがマシだろってレベルで激烈に毟り取られている(※そのぶん福祉もあるが)。

勿論、あなたを雇用しているご主人様も、勤め人に必要以上の贅沢をさせるつもりで給料をあげるつもりは0.001μも無い。

 

僕は断言する。
ご主人様の側が考えている事は、いかに安い給料で、たくさんコキ使ってやろうか、という事であって、やはり勤め人は、豊かにさせるんじゃなく毟る対象であるのが第一。
反乱が起きない絶妙のラインを見計らって社員の給与額を決めていて、そのギリギリさじ加減で給料を出す。

 

年の給与が500万だろうと1000万だろうと、いずれも反乱が起きない絶妙の水準になる様、熟慮に熟慮を重ねて設計した金額なのだ。500万円の勤め人も、1000万円の勤め人も、もなるべくしてギリギリの生活になっている。

そう仕組まれているのである。仕組む側が居るという事だ。

 

僕は若かりし頃、インターネットの株為替取引に夢中になった時期があって、その時に身に着けた技能によって、あぶく銭をなぶって、ほとんど社会不適合のダメ人間に成り果てていた。それにも関わらず、就職偏差値はまあまあ高い、TVCMも流すような金融機関に滑り込むことができ、就活も勝った!と浮かれていた。
給料額面は、残業含めると平均的な新卒と比べて1.5倍~2倍ぐらいだった。
数年辛抱してキャリアを積めば、若くして年収で1000万円だ1200万円だ1500万円だのの額が、確かに見込める状況にあった。

 

給料は高い。

給料が高ければ単純にお金持ちになれるだろうと普通はそのように考えるが、僕はいつも困窮していた。気が付けば、生活費が無い。

給料日前とか本当にカネが無くて、将来の飛翔のために絶対に手を出してはいけないはずの、埋蔵金からツマんで凌ぎ(※相場やってた頃の残骸)、それを繰り返すうちに僕の虎の子はみるみる細って行った。

どうすることもできない。
みじめだった。

 

貧窮は同僚や先輩や上司も同じだった。
消費者金融に手を出す者もいた。
センパイたちも絶対に金は無いはずなのに、休みとなれば後先考えずに海外旅行に繰り出していたし、あの職場では、貴重な休暇に豪遊旅行をしない人間を「あいつは自分だけ金を貯め込んでる!」と嘲る風潮があったのだ。

 

風俗キチガイも居たし、アル中もいた。飲み会帰りに通行人にケンカ売ってストリートファイトして留置所で一泊してる奴もいた。一昔前はヤクザ屋さんと普通にお付き合いしていた業界なのだ。その割に、みんな学歴は優秀で、テスト勉強もそつなくこなす。色んな意味で異常な人間ばかりであった。

 

異常者の集団を統御するには尋常の方法では上手く行かない。

社員を借金漬けにして自由を奪う、と言う恐るべきマネジメントプログラムを用いていた。

この会社は社員を奴隷に縛り付けようとすること、勤め人の境遇では絶対に豊かになれないことに、僕は少しずつに気付いていくのである。

 

つづく。