給料の決まり方 〜とある普遍の法則について〜

 

過去記事の復活。

いや、これも完結で無駄なく、すぐ読めてええわ。過去の自分に見習うべき所だ。

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労働者は、お金を得る方法として、自分の労働力(時間)を売ることが唯一の方法である、と言う話が出た。

 

高収入の激務サラリーマンは、そんなに美味しい商売ではない事も述べた。

同時に、ゆるふわな会社で適当に勤め人やるのは、先々給料も生活水準も上がらないけど楽だという事にも触れた。

僕は、ゆるふわ勤め人に副業を追加していて、まあまあ忙しいながらも将来の見通しは開け、面白く人生を過ごしておりますよ、と。

 

ふむ。

 

ここである普遍の法則について、きちんと整理しておこう。

給料の決まり方についてだ。

これまでのブログで触れた事を統合するだけの読解力ある読者ならば、既にお気づきであって説明の必要も無いだろう。

 

給料=労働力の原価

 

だ。絶対の公式になる。覚えておいて欲しい。

さて、労働力の原価とは何か、を説明する。

 

労働力とは、朝起きて仕事に行って、夜疲れて帰って来るまでに発揮した、時間、体力、精神力、等々の事である。

労働者の労働力を回復させるには、何が必要か?これが労働力の原価に密接に関係する。

寝る場所、食べ物、身なりを清潔に整えるもの、趣味やちょっとした気晴らし、などだ。食事をとって、風呂入って、寝て、気力体力を回復させ、明日も元気に会社に行くために必要な経費である。

という訳で、労働力の原価とは、その人間が生活を維持させるために必要な衣食住を揃える費用、ということになる。

 

労働力の原価=生きて行くための維持費

 

A=B

B=C

したがって、A=C

そんな三段論法の通り、

 

給料=生きて行くための維持費

と言う事。

これが大原則だな。

もの凄く大切なポイントは、給料=成果、では無い事。成果は+αに過ぎん。

 

雇用し使用する側は、上に述べた普遍の法則を隠し、意図的に『給料=成果』だと誤解させる手管を弄して来る。

労働者から余剰の労働を引き出したい事業者は必ず「成長成長」って、馬鹿の一つ覚えみたいにこの言葉を遣うので、神妙な顔で「はい、僕も成長したいです(キリ)」とか言って、しっかりと聞き流しておこう。

成長とは、つまり、あなたをコキ遣いたい雇用者のご都合主義なのです。

 

成長なんぞ、自分がしたい時にそうなるよう行動すればよいのであって、他人にとやかく言われる筋合いのものではないし、成長したからと言って楽しいと思わない人はしなくてもいい事なのだ。だいたい人間に希望持ち過ぎなんよ。

 

まあいいや。

 

今日は本章『第一の道標』にとって、核心に迫る話をしたのでこれまでとしよう。

この話はまさに資本主義の中核って奴で、資本家はみんな知ってる。別に資本家になろうと思いませんよ勤め人として生きがいを持って頑張るよ、という人にとっても死ぬほど重要な内容。ぜってえ理解しといてくれよな。

じゃ、また明日。

 

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(参考)
・資本主義の搾取の構造について
・(旧記事)労働力という商品
・(旧記事)勤め人というシノギ