【voicy文字起こし】第四十七話 「不合理を組み合わせて合理に至ると真似されない」

他が真似しやすいビジネスモデルをしていると、必ず長期的には儲からなくなる。

儲かるビジネスは、経営の各パーツだけを見ると不合理な選択が集まっている。

しかし、各所の不合理を統合すると合理となり、無競争状態になる。

模倣しようとする人たちも、不合理のパーツを組むのが怖いゆえに真似されないビジネスモデルが出来る。

参考:Voicy音声版はこちら:「不合理を組み合わせて合理に至 ると真似されない」

目次

1.初めのあいさつ

2.手を替え品を替え、勤め人が大の苦手とする逆説を解説する

3.国士無双のビジネスモデル

1.初めのあいさつ

サウザーラジオ、「青雲の誓い」第47話今夜もよろしくお願いします。

こんばんは、サウザーです。

このラジオの目的というのは「ニートになる方法を講義する」というものでございます。

 

僕が少年の頃、「このまま大人になって勤め人になるのは嫌だな」というふうに思っておりまして、

ずっと高校生の後半から大学生になってから、ひたすら資本主義のルールと、「どうやって勤め人にならなくて済むか?」ということをずっと研究してたんですよね。

研究の成果と言うのを20代後半ぐらいから実践いたしましたところ、アラサーといえるぐらいの年齢ですけれども、見事に勤め人を卒業して定職にも就かずぶらぶら生活することができております。

よくある「自由になって会社バイバイ」みたいな、それを単純に手放しで礼賛するようなテイストじゃないということですね。

緻密な積み重ねって言うか、「ニートになりたい」とかふざけたこと言ってますけれども、多少「やることをやりましょうよ」ということとか、

あとは相応の理解力をラジオのリスナーに求めるというところが、なんか偉そうなラジオという、そういう趣旨でやってます。

 

今日はなんでわざわざそんな偉そうな事を言ってるか?って言うと、ちょっと最近の放送はビジネスモデルの話を重点的にやってて、パラドックスの理解がふんだんに盛り込まれてまして、普通の人には少し難しい苦しい内容だからです。

「シロアリついた物件買え」とか、シロアリというものを抽象化していろんな物事に応用できる脳みそを持ってる人じゃないと、何言ってるかわかんないと思うんです。

「ハイ、じゃあシロアリの物件買えば良いんですね!」

って人だと厳しい。

すいません、僕は慈善事業的な性格じゃないですし、偽善者でもないんで、「理解できない」という人はそのまま置いて行くぐらいの気持ちで進めます。

でも本当の事をマジで語ってるって言う事で許していただけたらなというふうに思ってます。

(関連記事:第四十六話 「高い利益率を確保し続けるビジネスモデル」

 

嘘をつかずに、誠実にラジオを作っていきたいなというふうに思っておりますが、今日もまたよろしくお願いしますということで。

はい、では始まります。

2.手を替え品を替え、勤め人が大の苦手とする逆説を解説する

はい昨日の「シロアリの話」の続きみたいなことをしたいなと思います。

というのも、やっぱり勤め人卒業に向けて商品を持とうとした場合、「ビジネスモデルを組めない」というところがいつまでたっても普通のサラリーマンの障壁というか、そこが壁になるんですよね。

絶対ね。

だからビジネスモデルの組み方というのを、ちょっと重点的にしていきたいなと思います。

今日のテーマは「シロアリ」の続き。

「シロアリ」というのは何かって言うと、僕が不動産のボロ物件を専ら賃貸経営で得意としてやってるんですけれども、一戸建ての安い家を買う時に、シロアリ入ってたら嬉しいんですよね。

シロアリでぶかぶかになったところを指し示して「あちゃー」みたいな顔芸しながら指値をする、要するに値引き交渉をする材料という、そういう意味で。

「シロアリというのは大変ありがたいものだ」という話を、ちょっと冗談半分ですけれどもしたということで。

 

これは「ビジネスモデル全体としてはシロアリって非常に有益なものだよ」という、 逆転の発想・逆説の発想でお話したんですけれども。

普通の人はこの「肉を切らせて骨を断つ」という戦法にすごく抵抗がある。でもこれをしない限り高利益を長期間維持して、というビジネスモデルって難しいって思います。

偉そうに言ってますけどね。

僕もちっちゃなそんな高々ね、ちょっとした賃貸の分際ですよ。

零細も零細の企業ですよ。

ですけどね、どんな大企業だってそうですよ。

絶対にこのシロアリのようなもの、「ビジネスモデルの妙」というのを必ず持ってます。

絶対です。

どんな大企業もです。

売れてる・儲かってる企業ほどそういう逆転の発想がいい具合に絡み合っている。

 

そうですね、楠木健先生の「ストーリーとしての競争戦略」という本にこの辺のことが非常に分かりやすく書いてある。

大変分厚い本ですし、読むのに結構時間かかる本だから気楽に読めるもんじゃないですけどね、”叡智”ですね。

古くならない。

ということで何の話からしようかな、、

「シロアリ」と言うか逆説的なビジネスモデルの組み方。

 

例えば、戦国時代の話をすると、逆説っていうか、「普通人には意味がわからないが合理的だった」というのはもう織田信長ですよね。

あの人はそういう話に事欠かない人ですよ。

誰だったかな、武田信玄という人が「尾張の大うつけ」って言って、ド不良だった少年時代の頃の織田信長に興味を持つんです。

「どんなやつなのか?」というのを旅の僧侶というか、商人だったかから聞き出した。

噂話ってどこの戦国大名も聞きたがるんですよね。

織田信長という青年について「どんなやつだったか?」って言って武田信玄は商人だか僧侶だかから聞いたら、「鷹狩りを好む少年だ」って聞いたと。

ただその鷹狩りの流儀がめちゃくちゃ変わってると。

一般的な鷹狩りというのは室町の烏帽子・狩衣を着てですね、室町武者のコスプレして、 弓とか鷹とかそういう飾りみたいなのをお供の人達に持たせて、それで仰々しくスポーツするというような。

そういう様式に拘るのがスタンダードでした。

だけどね、織田信長という人は鷹狩りするにも超合理的で、ボロボロの百姓の格好して鷹狩りやってたみたいです。

百姓が農作業してる風景って、鳥たちも見慣れてるから警戒心を抱かないんですよ。

だから百姓の格好して獲物が油断した隙に近づいて、信長の組織する鷹狩集団は、いきなり油断してる鳥たちに至近距離から鷹を投げる

面白いように獲物が取れるんですよ。

そういう話を武田信玄という人は旅の坊さんから聞いて、噂では「大うつけだ」って言うけど、「こいつ本当にうつけなのか?」って。

武田信玄は、この信長の合理性が合戦で発揮されると怖いな、という風に感じたっていう。

そういう逸話が残ってるんですよね。

 

鷹狩りしようという時に普通の人だったら形式から入っちゃうじゃないですか。

勤め人の世界でもまさにそうですよ。スーツ着ますよね?

真夏にもジャケット脱がない奴とかいませんか?

形式に囚われて非合理、これって戦国時代でもそうですよ。

形式、様式にこだわる人が大多数です。

そんな中で、ボロボロの百姓の格好で当時の信長は鷹狩りをしていたいうことだから、まあとんでもない人です。

あなたは職場で決められた服装をやめられますか?普通は無理ですよ、だから普通人は信長のマネなんかできない。

敵には回したくない人だということです、、

そうして「形式論の人」が「合理的な人」に破れるって、これもビジネスでも特に重要な教訓だと思います。

 

そしてなかなかボロボロの格好はできないという心理障壁がある。シロアリにちょっと食われたぐらいなら木を入れ替えてしまえる技術ノウハウの障壁

それを総称してシロアリとしてるんですね。

一回切りましょうか。

3.国士無双のビジネスモデル

「ストーリーとしての競争戦略」の話が出たんで、ちょっとそこの話しようかなって思います。

 

商品ってテクノロジーで格差をつけようとしてもいずれ周りが追いついてきて、模倣される、真似されてそれで競争になる。

“価格競争”ってやつですね、「安くしないと売れない」ということになるんですけれども、そうなると全然利益出ないんですよ。

駄目なビジネスモデルかと思います。

共倒れですね。

 

真似できない競争優位を持っているから価格つけ放題なんですよ。

自分で好きに値段がつけられる。

これは利益の源泉になるんですよね。

 

勤め人というのは、「給料の価格競争」に常にさらされてるもんですよね。

「労働力」なんていう商品はありふれてるわけじゃないですか。

だから高い給料を要求しても、「お前の代わりなんかいくらでもおるわ」ということで給料は上がらない。

結局は労働力の再生産の原価のラインまで、「明日も会社に行くための経費」というところまで値段が落とされるんですよね。

 

それは独立してるっと言っても一緒ですよ。

真似され易いビジネスモデルをしている小さな企業ですよね。

全然儲かんないです。

儲からないビジネスモデルで独立したら、下手すると勤め人よりもきつい。

理由は、ビジネスモデルの中に参入障壁を作らなかったから、真似されるから、競争になるから、からです。

 

で、もう1つストーリーとしての競争戦略の話には大事なポイントというのがあって、

「優れたビジネスモデルというのは真似しようとすると死ぬ」という話。

 

これを楠木先生は渋谷のコギャルの話で例え話にしておられましたよね。

“コギャル”というファッションというのは全体のコーディネートなんだ、という話です。

渋谷から発祥したコギャルというのはすごく流行ったというか「いいものだ」ということで雑誌になったりして、でそれを関東の田舎のJKが真似ようとする。

「そうするとどうなるか?」って言うと、田舎の JK のコギャルファッションというのはヤマンバギャルみたいなるって言うことですね。

だから雑誌を見てコギャルファッションをただ単に模倣しようとすると、例えば靴下とかネイルとかどぎついアイメイクとかですか。

あと髪の毛ブリーチしてとか、そういう各要素に全力のフルスペック、1 番ド派手なパーツを組み合わせていくと、完成形は過剰に過激になるんですよね。

だけど渋谷の本場のコギャルというのは、例えば「肌を黒くしたら髪の毛はブリーチは少なめ」とかなんかいろいろバランスと加減を考えながらトータルコーディネートしている。

「調和によって一つのコギャルという作品になる」って言うのは楠木先生の理解ですけれどもね。

 

そこからさらにちょっと一歩を進めて、こういう風に思ってるぞ、って話をするんですけど、

コギャルファッションというのは各パーツだけ切り取ると全部不合理なんですよ。

僕から言わせると、というか男から言わせると、黒い肌とか、緑色のアイメイクとか、美しい物だとは思えない。

これはかほこママがVoicyのラジオでおっしゃってましたけれども、、

かほこママの言う美容法!

①肌

②髪

③運動で絞った身体

っておっしゃってましたけどね。

これはまさに男からしたらド真ん中だと思います。

 

要するに、女優とか、もっと露骨なこと言うと AV女優とかそういう人たちはまさにそれですね。

白肌、ツヤ髪、絞れた身体。

これって実は各要素がそれぞれ合理的なパーツです。

「ああいいね!」って、パーツだけ取っても素直にうなづける、合理的なものの組み合わせなんですよ。

ゆえに模倣しやすい。

中途半端な模倣でもそれなりの形になる。

そうなると、結局生まれつきの美人が一番有利の素材勝負になっちゃう。なぜならみんな同じ土俵で同じ価値基準で競争するから。

 

コギャルというのが受けた理由ってのは、僕は思うに各パーツが不合理だからなんですよね。

不合理が組み合わさって合理に転換するというのが素敵なコギャルファッションの妙です

確かに、男から見ても洗練されたコギャルファッションって、微妙なセックスアピールを感じてしまう所がある。

それって何だろう、麻雀で例えると、麻雀で例えて分からない人いるかもしんないですけど、だからコギャルファッションって言うのは国士無双みたいな手ですよね。

不合理なクソ牌集めて、でもそれが最後に極上の作品になるっていう、凄く難しい手ですよ。

 

それは優れたビジネスモデルもそうなんですよ。

1つ1つのパーツというのは一見「うわ、無理」ってなる。

僕の場合だったらシロアリ構わず買うとか、自分でリフォームしちゃうとか。

各パーツごとは不合理な経営選択が集まってるのですけど、 でも統合してみると、無競争状態になるというか、、

ビジネスモデルとしては結局すごく固いとかあるんですよね。

 

そういう総合としてみた場合、コンサバティブな白い肌に艶のある髪にって言う美容法ってのは1つ1つの合理の組み合わせなんですよね。

美人はそれでいいし、大部分の女性もコケる訳にはいかないから、それでいい。

「メンゼン、タンヤオ、ピンフ、ドラ2」ぐらいのそんなの役ですよ。

なんていうか、1つ1ついいものばかりを組み合わせて得点を積み重ねたものということですね。

でもそれは、真似して追いつこうとする人を牽制する心理障壁にならない。足し算だから。

コギャルの真髄を理解しないで、田舎のJKがサル真似したら、気づいたらヤマンバになっちゃったという罠も無い。

ということで何が言いたかったって言うと、優れたビジネスモデルというのは真似できないです。

そもそも真似しようと言う気にならない心理障壁があり、心理障壁を乗り越えて表面だけ真似したらヤマンバになる、これが優れたビジネスモデル。だから真似されないし競争にならない。

こんな話すると勤め人脳の人はマジ混乱してわけわかんないじゃないかということになるんですけれども。

そこは「センス」としか言いようがないですね。

ということで、その「センス」を何とかして身につけていただくと良い商品作れますよ、 良いビジネスモデル組めますよ、という。

ちょっと今日難しい話ししちゃいましたか ね。

また明日。再见(さようなら)

 

参考:Voicy音声版はこちら:「不合理を組み合わせて合理に至 ると真似されない」

【参考書籍】

ストーリーとしての競争戦略は、前回のページで十分にしたので、ここでは趣向を変えての書籍を紹介したい。

いわゆる経営本ってやつ。
僕はこう言うの読むと「うおおお、すげええ」と、感動しちゃう。
その本が出る前は誰も思いつかなかった知らなかったコンセプトが、そこには書かれている。
世界の秘密を知ってしまったかのような気持ちになり、僕は興奮状態になる。
こう言う歴史的な新コンセプトって絶対に日本から出ない。

本格経営本だが、僕の今のお仕事は不動産賃貸経営とネット芸人なんだけど、過去に読んだ経営本たちは見えないところでかなり役に立ってる。
読んでなくて凄い奴は居るが、最後は読んでる奴が勝つ、だな。
コンセプトって古くならないから、早めに読んだ方が良い。時間や労力は古くならないものに投入するのが資本主義ゲームの攻略法だ。

クリステンセン教授のイノベーションのジレンマ。名著度★5、余裕の5点満点。
消えて行くネット芸人の卵たちは、人間の直感どおり動物的に動いてそれによって自滅していくのだけど、本は自らを滅ぼさないための知恵を授けてくれる。

ザ・ゴール。
これも色んな人が薦めると思うけど、名著中の名著。
考える道具の数々で、まさしく宝の山。
コンセプトを持って考えてる人はぐんぐん考えが進むけど、それを持たない人ってどうやって物を考えるんだろう?って思うようになる。
名著度★5だ。言うまでも無い。